1月1日とは本当に新年なのか?
2005年になりました。
思えばおかしなもので、ある1点を境に「来年もよろしく」から「今年もよろしく」になるわけで。
1年は短いね~などと言うけど、考えてみれば、我々は4月から始まる一年期周期で生活してるわけだから、新年を迎えたと思ったら3ヶ月で次の期が始まってしまい、4月に頭を切り換えたと思ったら8ヶ月で新年になってしまうわけだ。
これじゃ短く感じるわけだよな~などと思う。
いっそのこと4月1日から新年にしちまえ。とも思う。
なんで1月が新年の始まりなのかと考えれば、昔からそうだったとかいう話になるが、そもそも太陰暦などを使っていた頃の新年の始まりの日は、今の1月1日ではなかったはずだ。
昔の新年は生活のリズムに合わせて決められていたということになるので、今の日本では4月を一年の始まりにするのが順当だと言うのは、あながち見当はずれではないかもしれない。
ではなぜ1月が新年の始まりとして考えられてるかを考えると、それが習慣だからとか、暦的にそうだからとか、そのあたりの意味でしかない事に気付く。
実は1月が新年でないと経済が困るのだ。という考え方もある。
クリスマス商戦の一週間後には、もう福袋商戦が来る。
人は頭のどこかで(新年だからという理由で)クリスマス時期の買い物と、新年のバーゲンとは別腹だと考え、財布の紐をゆるめるので、金を引き出しやすい。
年賀状がなくなれば、郵便局は困り果てるだろう。
またマスコミも年末年始の特番は稼ぎ時だ。
年末だからとか、紅白の裏番組だからとかで莫大な金が動く。
人々は恒例行事と化したそういった番組を、年末の風物詩として時間を無為に費やす。
しかし別の視点で見れば、お盆と並んで休暇を取りやすい時期にぶつけるだけの「冬休み特番」に過ぎない。
本当の生活の切り替わり目は4月なのに、この時期にあたかも物事の切り替わり目がやってくるといった振る舞いする人々をながめるにつれ、ただの暦の切れ目がそんな有難いものなわけがないと思うのだ。
日本人は習慣やマスコミなどに、簡単に踊らされる人々だ。
1月1日はそんなにありがたいか?
どうせ4日になれば、12月末に休止した仕事の続きをやるのに?
そう考えると、元旦などというのは、どうでもいいものに思えてくる。
要はゴールデンウィークの1月版なだけだ。
踊るのはもうやめだ。3連休を挨拶回りなんかで潰すのはバカらしいと思わないか?
1月1日は西暦の年数が+1される日なだけであって、日本の本当の新年は4月1日なのだ。
とまあ、久々にこういった調子の文を書きたくなったので書いてみた(笑)
「なに馬鹿なこと書いてやがる」
そう思った方。頭固いよ。残念~
「そりゃそう考えられなくもないけど、しかしね…」
そう思った方。合格~。頭やらかい。結局、習慣に支配されざるを得ないって事あるもんね。
「ふむふむ。そうかも」
そう思った方。簡単に影響受けすぎ(^^;。
ニュース報道とか鵜呑みにするタイプかな?
自分でものを考えるのを放棄しちゃだめよ。
何事にも、なぜそうなったのか、なぜそうでなければならないのか、といった
「なぜ?」を問う癖をつけましょう。
それが真理を突くか突かないかはまた別問題。
俺なんかは真理はずしっぱなしなわけで。でも気にしなーい。
大事なのは自分で考えること。
そうすることで、くだらないブームや、意図的に誘導されるニュースなんかに惑わされないようになり、自分の視点で世の中を見ることができるようになってくると信じているのです。
というわけで、今年も不定期雑文では
自分の頭で考えよう
を密かなテーマに置いて、毒にも薬にもならないような、くだらない文章を発信していきます。
今年もよろしく(笑)
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投稿日時
2005 年 1月 1 日 - 01:16 カテゴリ: 雑記.
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