ガゼルとやなぎなぎに見る、ネット上でのアイデンティティ

ネット上で個人を識別するというのは、実はわかりにくい問題だ。
ネット上では主にハンドルがアイデンティティの役割を持つ。
ところが、ネット歴が浅いほどハンドルを気軽にコロコロ変える傾向があるが、5,6年以上ネットにいる人でも気にせず変える人がいる。
ハンドルは単一人格を表現する大事な識別子である。これを変えるということは、別人であると表明するのとほぼ等しい。
個人の同一性を放棄するということは、それまでに築いた人間関係をも放棄するという事と同義だ。
したがって、ハンドルをコロコロ変える人は人間関係はどうでもいいと考えている事になる。旅の恥はかきすてというわけだ。

現実ではたいていの場合、物理的肉体とその脳に宿る精神というものの組み合わせでアイデンティティは確立する。
他者から見た場合は、顔と名前が主な識別子になる。
だが、ネットではそんな手軽な識別子はない。
だからこそ、同じハンドルを使い続けるのが大事なのだ。人間関係を大事にしたいのならば。

私の場合だと、疾風というハンドルを1997年から一貫して使っているが、年を追うごとに意外とポピュラーなハンドルになってきてしまった。では、どうやって「私」は「私である」という同一性を保てばいいのだろうか。
今日はネットでのアイデンティティを考えていく。

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